生活〜namakatsu

 
 

亡き妻からのラブレター

  1. 05:29:09
梅雨の晴れ間が意外にも早く訪れました。
今年は梅雨入りが早かったのですが、長期予報では空梅雨になるとか。
むしろ農作物への影響による価格高騰が懸念されます。

先日のWBSの特集では最近「野菜ジュース」人気が出てきたとか。
そんな風潮とは関係なく、偶然、トマトジュースを飲み続けていました。
葉物野菜などの価格高騰もあり、スーパーに行ってもネギやもやし以外の野菜を購入する頻度が減って来ていたので、トマトジュースを飲むようにしたのです。

日頃から好きなドキュメンタリー番組は欠かさず録画しています。

日テレ「NNNドキュメント」日曜深夜0時50分〜
NHK「地方発ドキュメンタリー」月曜深夜0時40分〜
テレ朝「テレメンタリー2013」月曜深夜3時10分〜(時間変更多し)
フジ「NONFIX」(FNSドキュメンタリー大賞)水曜深夜2時10分〜
NHK「ドキュメンタリー72時間」金曜夜10時55分〜
フジ「ザ・ノンフィクション」日曜午後2時〜

昔は、TBSの「ドキュメントダッシュダッシュ」と言うのも有ったのですが、TBSで録るのは「情熱大陸」くらいになってしまいました。

フジの番組は、録ったり録らなかったりしますが、それ以外は比較的できるだけリアルタイムに見て、CMカットなどをして録画保存しています。

今回は久しぶりにテレビネタとしてタイトルのNNNドキュメント「亡き妻からのラブレター じっちゃん高校生の恋」を取り上げてみます。

番組では、こんな始まり方でした。

「最近、手紙を書いたことが有りますか?」
街中でこんなアンケートをとってみると、携帯による「LINE」でのやりとりしかないと言う若者たちの回答。

そんな中、たった一通の手紙を20年以上開けられなかった男性が居ました。
それは亡き妻からの手紙でした。
山下一郎さん(79歳)は、亡き妻からの手紙を胸に忍ばせて、九州宮崎県の臼杵に向かいました。その日は、50年目の結婚記念日、つまり金婚式の日でした。

奥さまの名前は山下万里子さん。
一郎さんよりも9歳年下の万里子さんは、22年前に肺がんで他界していました。そんな奥様の手紙をあけられなかった理由とその手紙の内容、そして一郎さんが定時制高校に通ったことなどが、番組になっていました。

昭和8年生まれの一郎さんは、親戚の養子として育てられますが、高校進学の折、父親が病気で他界、地元の高校への進学を断念し、勤めに出ました。

万里子さんとは宮崎県で出会い、昭和38年に結婚し、一人息子を育て上げ、ゆっくり二人で暮らして行こうとしていた矢先、44歳の妻に肺がんが判明します。
生きる気力を無くさないで欲しいという思いから、一郎さんは万里子さんには告知しませんでした。
4年間の闘病生活の末、万里子さんは平成2年、享年48歳で他界します。

亡くなった後、部屋を整理しているとたんすの引き出しから「山下一郎様」と書かれた分厚い封筒が見つかりました。

しかし、一郎さんはずっとこの手紙を読むことができませんでした。
それは妻のこんな一言からでした。
「私の青春を返して」

一郎さんは、青春と言う意味を、20歳(独身時代)からととり、二人の結婚生活、一郎さんへの不満だと思っていたのです。

「私の青春を返して」、闘病中の妻から発せられたこの一言が、胸に重くのしかかっていたのです。

封をあければ万里子の気持ちを知ることになる。

手紙を読むきっかけをくれたのは、定時制高校の先生でした。

先生は、自分が奥様の立場だったら、自分も手紙を書くと思うし、奥様の気持ちになったら、絶対読まなきゃいけないだろうと思い、それを一郎さんに話されたそうです。

先生の言葉の後押しもあり、一郎さんは昨年の夏、22年目にしてこの手紙を開封することにしたのです。

一郎様へ

私の突然の入院で驚きましたね
私達一生懸命働いて
二人で山下城を築いて

これから少しゆっくり生活したいと思って
将来のことをいろいろと
お話していたんでしたよネ!

お迎えの来る日も遠くないのかも…と
思うとあせります

今の内に一筆書いて置きます

一郎様へ

昨夜はごめんなさい
私の病気について話してしまいましたね

お父さんも私に秘密を持ちつづけているより
本人が気づいてしまったことで
少し考えようでは
気楽になりましたでしょ

ガンセンターと言う名前の病院ですしネ
仕方ありませんよ

周りが教えてくれますし感じます

12枚もの便箋には、妻として母としての、そして死に対する恐怖が綴られていました。

神様は私に永遠の休暇を与えようとされている
少し早すぎますよネ
まだ33歳ですよ

せめて2月11日の45歳のバースデイを
乗り越えてからにして下さいね
と神様にお願いしよう

今はお化粧もしない私、ダメですネ
明日からメイクしようかな?

私は人生80年ならば
この若さでその人生の幸せを
味わったのかも知れませんね

お父さんも早く立ち直って下さいね

私の残りの人生も加えて幸せでありますよう
祈ることにします

あと残りの日々
少しずつ(部屋の)整理していきます

一部屋に3日ずつかけても
21日かかるんです
出来るかなぁ!

もしもの時は私の物は処分して下さいね

“お父さん幸せでしたよ”
もう本当に悲しまないで下さい

精一杯万里子に
愛を下さったと思います

親バカだけど和也(一人息子)クンも
とっても素直で良い子供でしたもの

幸せ過ぎたのかも知れません

我がままでじゃじゃ馬万里子が
こんなに悔やむとは
私自身思ってもみませんでしたよ

お父さん健康度チェックして下さいね
私はもうダメだけど頑張って下さいよ

書いても書いても思いは尽きません

みんなみんなごめんなさい
私のこと許して…!

お父さんもう書くだけ書いちゃった

本当はきれいにペン字で
書く予定でしたが

今日また寒くなりましたし
早く書いておかねばと思い

ボールペンで乱れに乱れて
涙を出しつつ一筆しました

幸せでしたよ満足です
どうぞお元気で
お幸せでいて下さいね

いつかまた逢いましょう

ごめんなさい… お先に…
“お父さん大好きょありがとう”ございました

万里子

61年12月27日PM3時

4年前75歳で定時性高校に入学した一郎さんは、あの時行けなかった高校に行きたい、そして万里子さんのもっと勉強したかったと言う思いを受け継ごうと思ったのです。

4年間無遅刻無欠席で通いました。
テストで100点取ったこともあり、それも嬉しいけれど、それよりもひとつものを覚えるのが嬉しいんよと答える一郎さん。

あのボクな、あの万里子と出会って結婚したのな
良かった思うよ
何にも悔いること無いしな
また生き返ったらまた結婚したいよ
むこうがどう言うか知らんけど
フフフ

亡き妻からのラブレターに一郎さんは妻に返事を書きました。

万里子へ

永遠に48歳のあなたから見れば
僕の学びの歩みは
とても遅いと思うけれど
学んだ知識を何かの機会で
活かせることが
これからの楽しみでもあります

できることなら
核家族である今の時代の若者と
僕たちのような高齢者の
心の橋渡しができるような活動をしていくのが
今の僕の夢です

生きている限り、万里子、
貴女の分も希望を持って学び続けます

いずれ君に会える時が来たら、
持ち前の笑顔で聞いて下さい
ではその日まで


番組は【ナレーター】萩原聖人さん【手紙朗読】小山茉美さんとで素敵に仕上げられていました。

実はこの内容は、以前フジテレビのアンビリーバボーで取り上げられたのを偶然に見ていました。放映日は4月18日だったようです。
再現ドラマが挿入される同番組は、海外の話を取り上げることも多く、その手の番組はあまり見ないのですが、その日は偶然に見ていました。

その時の内容では、年齢の離れた一郎さんと万里子さんとの間に以前金銭感覚などのことですれ違ったことなどにも触れられ、一郎さんには万里子さんが生前本当に幸せだったのかと、不安になることが有ったことも触れられて、手紙を読むことを躊躇していたとも語られていました。

フジテレビの番組の方には、雛壇の人たちのワイプなどで描きその反応を出したりと、余計な演出も有るので、少し拒否反応も有ったのですが、妻の手紙の内容を女性の声でその感情も想像し朗読する日テレの方の番組は、タイトル通りこれは妻からのラブレターだったんだなと素直に実感できました。

久しぶりに素敵なドキュメンタリーでした。
是非見たいと言う方には再放送を見ることができるチャンスが有ります。
ただし、BSです。

放映日は、6月9日日曜日、6/9 (日) 11:00 〜 11:30 (30分)
NNNドキュメント'13 亡き妻からラブレター22年経って封を切る…ごめんなさい


見逃した方、このラストチャンスを逃さぬよう。

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